東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)63号 判決
一 請求の原因一ないし三の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、請求の原因四の審決の取消事由の存否について判断する。
原告は、本願発明にいうスラリーコーテイングが第一引用例記載のデイスパージヨンコーテイングと実質的に同じものであることを認めながら、本願発明の特徴は、アクリル系粉末塗料をデイスパージヨンコーテイング法を用いて塗布することにあり、デイスパージヨンコーテイング法ではない第二引用例の方法に用いられるアクリル系粉末塗料をデイスパージヨンコーテイング法に用いることは、当業者が容易になしうることとはいえないとし、その理由として、請求の原因四の1及び2の二点を挙げるので、これらの点について検討する。
1 原告は、デイスパージヨンコーテイング法は、従来、主として溶剤のない塗料に適用されていたものであつて、溶剤のある塗料にまで広く適用されていたものではなかつたと主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第二号証によれば、第一引用例には、デイスパージヨンコーテイング法について、「一般には適当な溶剤のないプラスチツクに使つている。現在実用的に用いられている粉体としては、ポリエチレン、ポリ塩化エーテル、四F樹脂、三F樹脂、ふつ化ビニリデンなどがある。」(第一一一頁第五行ないし第七行)との記載のあることが認められ、一方、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、昭和四四年一〇月三一日日刊工業新聞社発行の里川孝臣外三名著・プラスチツク材料講座〔6〕「ふつ素樹脂」第二三六頁には、右第一引用例記載のプラスチツクの一つであるポリふつ化ビニリデン(PVdF)のコーテイング(塗装)について、「PVdFの溶液および懸濁液を使つて焼付け塗装ができる。……PVdFのジメチルアセトアマイド二〇%溶液は、被覆物に塗布した後、二三〇度C程度に加熱して二~三mil厚みの塗膜をつくることができる。」(第一一行ないし第一四行)との記載のあることが認められ、これらの記載及び弁論の全趣旨によると、第一引用例は、デイスパージヨンコーテイング法は、「一般には」適当な溶剤のないプラスチツクに使われているとはするものの、その文意自体からしても、また、デイスパージヨンコーテイング法に実用されるプラスチツク粉末として、乙第一号証の一ないし三の右記載から明らかなとおり適当な溶剤があり、従来から溶液塗料としても普通に用いられているポリふつ化ビニリデンをも挙げていることに照らしても、決して、適当な溶剤のあるプラスチツクにはデイスパージヨンコーテイング法は適用することができない、あるいは不適当であるとするものではなく、かえつて、水に不溶でかつ塗膜を形成しうるプラスチツク粉末であれば、それが溶剤に溶けるか否かにかかわらず、水を媒体とするデイスパージヨンコーテイング法に用いることができることを教示するものであるといわなければならない。
したがつて、アクリル系粉末塗料が溶剤に溶けるものであるとしても、これが水に不溶でかつ塗膜を形成しうるプラスチツクである(このことは、弁論の全趣旨により明らかである。)以上、これをデイスパージヨンコーテイング法に用いることは当業者にとつて格別の創意工夫を要しないことであることは明らかであるから、仮に、原告主張のようにデイスパージヨンコーテイング法は、従来、「主として」溶剤のない塗料に適用されていたものであつたとしても、そのことは、何ら本願発明をすることの困難性を示すものということはできない。
2 次に、原告は、本願発明は、アクリル系粉末塗料をデイスパージヨンコーテイング法に用いることにより、請求の原因四2の(一)及び(二)のような、第一引用例及び第二引用例に記載の方法からは予測しえない格別の効果を奏するものであると主張する。
(一) しかしながら、水を媒体とするデイスパージヨンコーテイング法においては、当然のことながら媒体として水を用いるのであるから、本件の場合、有機溶剤が蒸発して空気が汚染されるというおそれのないこと、また、粉末塗料を乾燥状態のまま塗布することによつて爆発性雰囲気が発生するというおそれのないことは、デイスパージヨンコーテイング法を用いること自体による自明の効果にすぎず、デイスパージヨンコーテイング法に用いる粉末塗料がアクリル系粉末塗料であるか否かとは関係のないことである。したがつて、請求の原因四2の(一)の、空気汚染及び爆発性雰囲気の発生を防止することができるという効果は、アクリル系粉末塗料をデイスパージヨンコーテイング法に用いたことによつて得られる特有の効果ではなく、デイスパージヨンコーテイング法についての第一引用例の記載から当然に予測しうる効果であるといわなければならない。
(二) また、前掲甲第二号証(第一引用例)及び弁論の全趣旨によれば、プラスチツクは、従来から種々のものが塗料として使用されているが、それによつて形成された塗膜の接着性、耐薬品性、耐熱性、強度などの性質は、塗料として使用されるプラスチツクの種類によつて異なり、その性質に応じて各用途に使い分けられていることが認められるから、仮に、原告主張のように、本願発明の方法(アクリル系粉末塗料使用)を実施して得られた塗膜がポリふつ化ビニリデンを本願発明と同様の方法で塗布して得られた塗膜と比較して接着性及び光沢において優れているとしても、それは、アクリル系粉末塗料をデイスパージヨンコーテイング法に用いたことによる特有の効果ではなく、もともと化学構造及び性質を異にするアクリル系粉末塗料とポリふつ化ビニリデンとの相違に基づく当然の結果にすぎないものといわなければならない。したがつて、原告主張の請求の原因四2の(二)の効果もまた、アクリル系粉末塗料についての第二引用例の記載から当然に予測しうる効果であるというべきである。
3 以上のとおり、原告が、本願発明を容易になしえない理由として主張するところは、いずれも採用できず、アクリル系粉末塗料をデイスパージヨンコーテイング法に用いることは、第一引用例及び第二引用例に記載の方法から当業者が容易になしうることといわなければならないから、審決が、「粉末塗料の塗布方法の一つである第一引用例に記載の方法において、粉末塗料としてアクリル系粉末塗料を用いることは、粉末塗料の他の塗布方法でアクリル系粉末塗料が用いられていることが公知であつて、アクリル系粉末塗料を第一引用例に記載の方法に用いることにより格別の効果は認められないから、当業者が容易になしうることと認められる。」とした点に誤りはなく、審決には原告主張の違法の点は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
顔料を含有し一ないし一〇〇ミクロンの粒径範囲を有する非水溶性のアクリル系粉末塗料を水中に混合してスラリーを形成し、粉末塗料を水中全体に亘り実質的に一様に分布させて懸濁させ、かように分布懸濁状態を実質的に維持しながら塗布すべき表面にスラリーを塗布し、このスラリーコーテイングから水分を蒸発させ、粉末を被覆表面上で凝結させて連続した塗料フイルムを形成し、このフイルムを硬化させることを特徴とする塗布方法。